雑記 2021.3.24(水)母をみてても思うもの

 目が覚めると、犬が耳と肩のL字空間に収まる形で寝ていた。相変わらずいびきが酷くてかわいい。『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』という映画のタイトルを思い出してツイートした。


 すごくお世話になった気さくで頼り甲斐のある方が、今月で定年退職を迎える。僕の周りではまだまだ60歳定年のところが多いのだけれど、僕の知る定年を迎える(た)皆さんはまだそれぞれのポジションで活躍できる能力を持っていらっしゃる。誰も何も言えないでふんぞりかえってる人だったら、思うところはたくさんあるけれど、そうでなければまだまだ現役で働いて欲しい方が沢山いる。まぁここら辺はちょっと一律に言えない話ではあるけれど、組織が定年前からアップデートのお手伝いをしていければ、また変わってくることもあるんじゃないだろうか。


 老年看護の授業では65歳以上を『高齢者』と定義しながら、口に出しながら進めることが多い。けれど最近の65歳はバイタリティに溢れていて、老年なんて言葉を当てはめられる存在ではない。むしろ僕より元気なんじゃない?と思う人が沢山いる。便宜上『老年期』って言葉を使うけれど、もう他の言葉に変わってもいいんじゃないだろうか。じゃぁ何で表すのかって考えると難しいけれど、単純に数字として他意なく年齢でいい気もする。看護に関しては結局個別性で対応しないけないし、今後は更にそれが色濃くなってくるのだから。


 普段からそんなことを思っているので口には出さないのだけれど、「いまの60代はまだまだ現役」とか「70代にはとても見えない」とか「80代でスマホを使っているは凄い」みたいな言葉が頭をよぎることがちょいちょいある。でもここ数年はその度に「その感覚こそがズレているんだ」と自分に言い聞かせることにしている。みんな僕のイメージより若いんじゃなくて、“そのままそう”なだけなんだよね。若いんだよ、皆さん。だから気を付けないと感覚がズレて取り返しが効かなくなると思っていて、常に気を付けながら常に適正に近付くように努力している。



BGM:折坂悠太「針の穴」

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