2021.9.30(木)孔子じゃないからさ

 朝起きてすぐ柿を切って食べる。本当は誰かにおはようくらい言いたいけれど、虚空に呟いてもしょうがないので柿と一緒に飲み込む。孤独なおはようを飲み込んだからか、柿タンニンの主成分のせいなのか、甘味と一緒に程よい渋みがある。カワ犬よ、元気か。

 添削の仕事では、コメントしたところがわかるように付箋を貼って返している。普段は無地の色付き付箋を使うことがほとんどだけれど、以前に使ったミッフィーの付箋が余っていたので再び使い始める。返却相手に少しでも和らいでもらおうとこの付箋を買ったのだけれど、使っているのはあくまで四十を越えた自分だという自意識の重みで最後まで使い切れずにいた。ただカワイイにはかわいいので、使ったほうがミッフィーも浮かばれるだろうと思いまた貼り始めた。あぁ、添削ファイルの隙間から見え隠れするミッフィーのかわいさよ。と勝手に思っていたのだが、添削される側はミッフィーが顔を出すほど修正箇所が多くなるわけで…。いつしかミッフィーに畏怖を覚えるらしい。あれだな。好きな音楽を目覚ましにすると、いつしか気持ちの良い夢から現実に引き戻すにっくき音楽に堕天するやつだ。ミッフィー、ごめんね。…と思いながら今日もひたすらにミッフィーを貼り続ける。

 ミッフィーの付箋じゃないけれど、人の行為も同じだ。最初は笑顔が嬉しくても、相手にとって何かしらの積もるものがつもりに積もると、その笑顔自体が不快になる。その度合いが僕はわからない。僕は人の行為に対しては色々思うけれど、だからと言ってその人自体が嫌いになることは余りない。だから程よさがよく分からない(いや、これが原因ではないのかも知れないのだが)。いつしかミッフィーコワっにならないように気を付けないといけない。というか、そう考えると極端な性格だから貼り付かない一択になってしまう。ムズ、生きるのムズ。
 
 孔子へ、四十にして未だ惑う。柿渋の似合う大人になんかなれなくて、未だに距離に惑うよ。


BGM:TENDRE「胸騒ぎ」






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